インタビュー

2016.11.08. UPDATE

TIS株式会社

思いがけない挑戦の連続が
プロフェッショナルの意識を芽生えさせた

平松怜子さん

金融ソリューション事業部
決済ビジネス企画部

平松怜子さん (31歳)

2008年、同志社大学文学部英文学科卒業。同年、TISに入社。大手製造業を中心とした開発/運用保守/オフショア先マネジメントを経験し、13年4月、シンガポールへ赴任。営業、PMO、ブリッジSEを兼任。15年3月、帰国。金融業界の事業企画/推進を手掛け、現在はFinTech事業を推進

金融、製造、流通・サービス、公共、通信など、さまざまな業界でIT領域のトータルソリューションを手掛けるTIS。人工知能など先端技術とも親和性の高いFinTech領域では、社内に精鋭の専門チームを有している。メンバーの一員として活躍している2008年入社の平松怜子さんだが、新卒当時のIT知識はほぼゼロだった。
「就職活動の初期に見ていたのはメーカー、商社などが中心。中学までの13年間を仏国で過ごした語学力が強みでした。しかし、面接を繰り返し、語学以外で誇れる自分の価値とは何かを考えた結果、仕事を通して専門性が身に付く環境を探すことにしました」
文系だった平松さんがTISへ入社を決めた理由は、教育体制が厚く文系出身者も多かったこと。また、女性が多数活躍していることも、安心して飛び込めた理由の一つだったという。
入社1年目には開発言語などを基礎から学び、5年目にはインドのオフショア開発でマネジメントも経験した。理系の同期と肩を並べて成長できたのは、研修に加え、目標となる女性の先輩がいたことも大きかった。
「印象的だったのは、入社2年目に加入したプロジェクトの女性リーダーです。男性の中に入っても、きちんと主張ができるパワフルな姿に憧れました。エンジニアとして技術を突き詰めるのか、マネジメント領域を伸ばすのか。後者が向いていると思い始めたのもこの頃でしたね」
そんな平松さんの成長をさらに加速させる好機が訪れたのは入社7年目のこと。当時、まだ立ち上げ期のシンガポール支店に赴任しないかと声がかかった。
「好奇心と漠然とした期待に胸を躍らせて渡航を決断しました」

未知の領域でも恐れない
強い心が身に付いた

立ち上げ期の海外拠点は、挑戦なくして成果なしという厳しい環境。プロジェクトを受注するために、営業を担当する場面もあったという。
「思い返せば、シンガポールでの営業は全てが手探りでした。商談の一言一句を漏らすまいとページが真っ黒になった当時の手帳は今も捨てられません」
初受注した案件は、日本の製造系企業がタイの製造拠点で稼働させていたシステムの運用プロジェクト。日本基準の品質を担保できる技術者を確保すべく、現地トップクラスの大手システム会社と何度も交渉を重ねた。
「成果と報酬の考え方が海外の技術者は非常にシビア。タフな交渉を丁寧に進められたのは学生時代から強みとしていた“語学”があったからこそ。自分の武器を再認識できました」
シンガポールエリアの営業担当に抜擢された平松さん。海外流のマネジメントも経験し、国を跨ぐ開発プロジェクトで日本とのハブになれる、数少ないキーパーソンの一人になっていた。
「営業、ブリッジSE、マネジメントと、あらゆる工程を経験し、日本と海外の違いも学べました。でも、一番の収穫は未開の領域に挑戦し、未来を広げていく面白さに気付けたことです」
帰国後、活躍の拠点を東京に移した平松さんは、IT×金融という最先端の舞台で新たな挑戦を開始。それこそ、冒頭でも紹介したFinTech領域だ。
「海外が先行している分野ですが、日本ならではの可能性を模索して発展させたい。TISでなら、それが可能だと思います」

私の未来像、ココが変わった!

グローバル規模で
ビジネスを動かす

グローバル規模で
ビジネスを動かす

語学を活かせる
挑戦の場を模索

語学を活かせる
挑戦の場を模索

迷ったときは、「環境を変えてみよう、そしたら何かが見えてくるだろう」というマインドで行動してみる。そうしたチャレンジを繰り返していける環境があったからこそ、今の私があるのだと思います。グローバル環境での開発で、語学が使えるだけでは片手落ち。膨大な知識と、未知の領域にトライし続ける意欲を持って、プロジェクトを成功に導くのがTISのプロジェクトマネージャーです。今後は、憧れた女性の先輩社員たちのように、プライベートと仕事の両立も図りながら、難しいグローバル案件で声をかけられる存在でありたいと思います

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