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インタビュー

2016.11.08. UPDATE

日本ヒューレット・パッカード株式会社

ビジネスは人と人で成立していると気付き
私らしい独自のアイデンティティが確立した

付思宇さん

製造・流通サービス事業本部
第二サービス本部 第三部

付思宇さん (31歳)

中国出身。2008年お茶の水女子大学 理学部 情報科学科卒後、ダイバーシティを推奨する、グローバルテクノロジーカンパニー、日本ヒューレット・パッカードへ入社し、現在ではPMとして第一線にて活躍中。一児の母としての側面も持ち、育児と仕事の両立を実現している

「両親がエンジニアの私は、学生時代からIT業界、特にインフラ分野に魅力を感じており、『最新技術で世の中を変えられる』と信じていました」
そう語るのは、世界120カ国以上で事業を展開するヒューレット・パッカード・エンタープライズの日本法人、日本ヒューレット・パッカードで活躍している付思宇さんだ。
ダイバーシティを推進している社風と、HPWayと呼ばれる『社員を信頼する』という理念、ハード系のベンダーであることに引かれ、同社への入社を決めた。元々、ITリテラシーがあった付さんだったが、半年間の入社後研修で、想像を上回るビジネスの難しさとITの奥深さに直面。未熟さを痛感したという。
「専門用語ばかりで、目にする情報のどれもが理解できず焦りました。ですが、さまざまなプロジェクトに参画する中で、徐々に自信を深めていきました」
地道な努力と経験を重ね、順調にエンジニアとしてのキャリアを歩んでいった付さんは、大好きなITに触れられる日々に充実感を得ていた。しかし、3年目に参画したプロジェクトで、付さんのビジネスへの価値観が大きく変わる出来事が起きた。

価値観の相違による失敗
見出した新しいキャリア

付さんが参画したのは仮想基盤の引越しを行う、数百人規模の金融系プロジェクト。当時同社でも前例がほとんどない、最先端かつ大規模なものだった。
「数千もの仮想マシンを前に、自分にできるか不安でした」
最も不安だった求められる技術レベルと、付さん自身のスキルとのギャップは、早々にクリア。順調にスタートを切ることができたが、機械的に業務を進めるスタンスが原因で、ある日顧客からお叱りを受けた。
「一時的にお客さまのネットワークを遮断する必要があり、事前の認識合わせおよび当日の作業着手連絡を実施した上で、予定通り作業を実行。しかしその直後、『返事がないのに勝手に作業を進めないように』と、お客さまからお叱りを受けたんです。マニュアル通りに進めていた私は混乱しました。しかし冷静になると、自身の価値観の中で物事を判断していたと分かり、相手の事情や考えを理解できていなかったと反省しました」
正しい技術を用い正論を語れば、ビジネスは成立すると考えていた付さんだったが、この経験から技術だけでなく、コミュニケーション力こそ本当に必要なスキルだと気付いたという。企業にはカルチャーがあり多様性がある。これまでのキャリアに加え、マネージャーとしての力の必要性を実感し、自身のキャリアをPM(プロジェクトマネージャー)志向へとシフトさせた。
「当社には個性的で優秀なPMがたくさんいます。その中で私が目指すのは、あのトラブルから学んだ、お客さまと真摯に向き合う姿勢を活かした、最も人間らしいPMです」
自身の武器を認識し、PMの道を歩み始めたところで、付さんは産休に入ることになったが、不安はなかったと振り返る。
「ダイバーシティを推進する当社では、キャリアを中断せず、産休後に同ポジションへ戻ることも可能。そのおかげで安心して産休に入る決断ができました」
復職後、付さんは、「唯一無二の存在価値を持つPM」という、出産前に思い描いていたキャリアの続きを歩み始めている。

私の未来像、ココが変わった!

現場を統括する
唯一無二の存在

現場を統括する
唯一無二の存在

最新技術を扱う
スペシャリスト

最新技術を扱う
スペシャリスト

幼少期からITに触れる機会が多く、知識面で自信もあったため、入社後は「スペシャリストとしてキャリアを築く」という志向が強かったです。しかし、入社後はビジネスの厳しさから自身の未熟さを痛感し、大規模プロジェクトでも失敗を経験。技術面での成長を実感するとともに、ゼネラルなビジネススキルが自分には必要であると認識しました。その後、PMとしてのキャリアを選択。今ではお客さまと真摯に向き合い、最適な改善策を提示できる私らしいPMとして、アイデンティティを発揮できるように、この仕事と向き合っているところです

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