インタビュー

2015.11.05. UPDATE

丸紅株式会社

未来に貢献するビジネスモデルを創造する
それが、自身の目指す指針になった

西山大輔さん

電力アセットマネジメント部
アセットマネジメント第二課長(兼)
国内電力プロジェクト部企画チーム長

西山大輔さん (38歳)

1999年に慶應義塾大学商学部を卒業し、丸紅に入社。機械経理部、海外電力プロジェクト部、6年間の米国駐在を経て、現在は丸紅が世界各国に保有する発電資産の管理や国内電力自由化に関する政策提言等を主務として活躍中

「世界で活躍する企業の経営者になりたい」学生時代に抱いていた夢を実現するために西山大輔さんが就職先に選んだのが、国内12カ所、海外67カ国120拠点と452社のグループ会社でグローバルにビジネスを展開する総合商社丸紅だ。
「戦後、日本の経済成長を最前線でけん引してきた総合商社のプライドとインテリジェンスに引かれました。中でも丸紅には、プロジェクトの責任ある立場に若手を起用し、挑戦させて育てる文化があることを知り、ここなら自分の意志と行動力を武器に夢を実現できると思いました」
入社後配属されたのは機械経理部。希望していた海外ビジネスの最前線ではなかったが、「機械経理部で培った計数感覚こそが、今は自分の強みとして全ての仕事の基礎になっている」と西山さんは言う。その後、西山さんは海外電力会社のM&Aや発電所の開発を手掛ける電力本部に異動し経験を積んだ。
「異動して驚いたのは、最前線の営業部の圧倒的な成長意欲の高さ。世界の企業と対等に渡り合うために、また、目の前のプロジェクトのボトルネックを打破するために、仕事後に英文の専門書を囲んで会議室に集まり、勉強する。その積み重ねの中で、専門知識のみならず、自分が手掛けるビジネスを何としても成功させるという“情熱と粘り強さ”を身に付けました」
そう語る西山さんは、その後、米国の企業に出向し、世界標準の厳しさに直面する。

米国で学んだ
世界標準の仕事の本質

「出向先は海外の大手コンサルティングファームで、米国電力市場へ参入するための事業戦略を立案するプロジェクトでした」 丸紅の代表で来たのだという自信と自負を持って乗り込んだ先には海外ビジネスの厳しい現実が待ち受けていた。西山さんは会議の中で何も発言できず、一度は戦力外通告されたという。
「仕事がない日々に焦りを感じるものの、どうすれば現状を打開できるか分からない」今までの常識が一切通用しない状況で、西山さんを救ったのは、それまでのキャリアで身に付けた“計数分析能力”、そして“情熱と粘り強さ” だった。
「米国のビジネス環境は日本とは違い、チームに選ばれても仕事が保証されているわけではありません。会議の前は徹底的に予習し、拙い英語でも必ず発言して、自分なりの切り口でチームに貢献する意思と、存在を示し続ける必要があります。プレッシャーを感じた日々でしたが、徐々に仕事を任されるようになり、最後は電力事業の未来を語り合える仲間になりました」
世界標準のビジネスパーソンのあり方を学んだ西山さんは、立案した戦略に沿って買収したテキサス州の電力会社に経営幹部として出向。既存の経営陣や従業員との対話の中で成長戦略を軌道に乗せ、足掛け10年のプロジェクトを成功に導いた。
「私にとって仕事とは、自分を高め、力量を試すものでしたが、入社16年を経て価値観が変わりました。目先の面白味や自分がどう評価されるかではなく、仕事を通じてどんな付加価値を生み出し、未来の社会へ何を残していくかを徹底して意識するようになりました」
今、西山さんは、米国での電力会社経営で得た知見を激動の国内電力自由化の波の中に持ち込み、更なる挑戦を続けている。

私の未来像、ココが変わった!

未来に貢献する
事業を創造する人

未来に貢献する
事業を創造する人

大きな会社を
経営できる人

大きな会社を
経営できる人

学生時代の夢は「経営者になる」こと。私の場合はグローバルなフィールドで、より大規模な人員・事業を対象に経営したいという気持ちが強かったのでベンチャー企業ではなく商社を選びました。実際に商社で世界を舞台にビジネスを創出し、展開する過程を経験して変わったのは、今、自分が手掛けているビジネスが20年、30年後の社会にどう影響するかを意識するようになったこと。経営者になりたいという夢は今も変わりませんが、経営を通じて社会に何かを残していきたいという思いが強くなりました

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