• トップ
  • >
  • 山田ビジネスコンサルティング株式会社

インタビュー

2014.12.01. UPDATE

山田ビジネスコンサルティング株式会社

若手のうちに積んだ密度の濃い経験をもとに
社会に貢献できるビジネスを創出する

青木啓輔さん

コンサルティング事業本部第一部
副部長

青木啓輔さん 32歳

2006年に早稲田大学大学院商学研究科を卒業。「会計」「M&A」「事業再生」の3つの分野にかかわれ、自身が成長できる環境を希望し、山田ビジネスコンサルティングに入社する。現在は中国の現地法人における新ビジネスの開拓プロジェクトのコアメンバーとして活躍中

6年前、真冬の青森。地元に数店舗を展開する小売企業が、大幅な債務超過により破たんに直面していた。そんな危機的状況の事業再生を任されたのが、当時まだ入社3年目の青木啓輔さんだった。
「自力再建のためにすぐに銀行への融資要請にとりかかりましたが、銀行の判断は支援の打ち切り。力不足を痛感しました」
苦肉の策として青木さんが決断したのは事業譲渡。会社が存続できないという現実を簡単に受け入れる経営者は少ない。最善の判断と思いながら社長に伝えた青木さんへ返ってきた言葉は「裏切るのか」だった。
「深い信頼関係を築いていたと思っていただけに、ショックを受けました。自分の役割はもうないと思い、東京に帰ろうとした際にメンバーから言われたのが『最後まで会社を見届けるのが私たちの役割だ』という言葉。はっとさせられましたね」
すぐに社長の元に戻り、自力再生を諦めたわけではなかったこと、会社の事業を守るための最良策だということを熱弁。思いは伝わり、事業譲渡に納得した社長と共に、無事、案件を完遂させることができた。
「この経験で学んだのは、最後まで本気でクライアントと向き合い続ける大切さ。強い当事者意識が芽生えました。若いうちにこうした経験ができたのは、幸せなことだったと思います」

案件の完遂だけではない
仕事の意義を認識

コンサルタントとしての意識が大きく変わった青木さんは、4年目のときに、マネージャーに昇進。「製造業の再生コンサルティングを経験したい」と自ら異動を志願した名古屋で、新たな気付きを得た。2人のメンバーと共に手がけたのは売上が6割も落ち込んだ自動車エンジン部品製造企業の案件。事業再生だけではなく、保有する不動産を売却した資金で銀行へ返済するスキームを含む複雑な内容だった。青木さん自身がプロジェクトの最前線で事業計画を立て、利害関係者に交渉するこれまでのスタンスではなく、メンバーをマネジメントする初めての案件だったという。
「プロジェクトの大枠を決めたのは私でしたが、実際にファシリテートしたのはメンバーたち。困難な案件に対しても、当事者意識を持ちながら取り組み、成長していくメンバーの姿を見て、主体的に仕事をさせるマネジメントの大切さを実感しました」
一つ一つの仕事に強い当事者意識を持つこと。メンバーの成長を考えたマネジメントをすること。プロフェッショナルな人材に必要な礎を築いてきた青木さんは、今、さらなる飛躍を遂げている。グローバル化に注力する同社では、海外進出を計画する日系企業に向けた支援体制の強化を図っている。その戦略の一つとして、青木さんは上海の現地法人を拠点とし、現地の会計事務所や法律事務所などを巻き込みながら、新しいビジネスの開拓に挑戦しているのだ。
「私の今後の目標は山田グループの中でビジネスを生み出すこと。上海でのマーケット開拓はそれを実現させるための大きな糧になるはずです。今はまだ目指すべき領域を定めていませんが、幅広い経験を積んでいく中で、見付けるつもりです。それを自分のビジネスとして展開し、全力で成功させ、会社に貢献をしていく。それが次の私の役割だと思っています」

学生時代の自分へ

自分の社会貢献を
見付けよ

自分の社会貢献を
見付けよ

「就職活動のとき、悩みはなかった」と笑う青木さん。興味分野が明確だったため、迷いはなかったという。就職活動は他社を受けることなく、入社に至った。興味を持つ分野で仕事をする中で感じたのは、社会貢献性のある仕事を見付けることの大切さだと話す。
「自分の仕事が社会に対してどんな価値を発揮できるかが重要だと思っています。あるいは、変えたいと思うことに対して、どうアプローチしていくか。そこで得た自分にしかできない仕事が成長の軸になれることが一番理想的ですね」

記事一覧へ戻る

ピックアップ企業

・このページをシェアする

LINEで送る
googleplus
PAGE TOP