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インタビュー

2014.12.01. UPDATE

シスコシステムズ合同会社

日本のワークスタイルに変革を起こし
チェンジメーカーとして高みを目指し続ける

田名部 朋子さん

パブリックセクター事業 
官公庁営業本部
シニアアカウントマネージャー

田名部 朋子さん 32歳

慶應義塾大学法学部に在学中 、2002年シスコシステムズの創業者を輩出したスタンフォード大学への短期留学の際に同社に出会い、その自由な風土に衝撃を受ける。「ここでなら幅広い視点で将来を描ける」と考え、05年に入社。官公庁を中心に営業担当として活躍

「チェンジメーカーでありたい」という軸で就職活動をしていた田名部朋子さん。彼女にとって、世界のネットワークシステムを変革し続けてきたシスコは、その思いをかなえられる最高の舞台だ。同社への入社直後から、彼女のチェンジメーカーとしての歩みが始まる。日本の閉塞感を「変える」ために公共部門を志願し、上長に直談判。無事同部門に配属されることになった。
「入社後は、複数の省庁を担当し、IT環境の構築を提案し続けてきました。自宅や外出先など異なった場所にいる者同士が物理的な距離を感じずに会議をし、円滑に協業することはシスコでは当たり前のこと。対面よりもコミュニケーション数は増え、組織の成長スピードは加速します」
組織のワークスタイルを刷新することに抵抗を感じる顧客も少なくない。しかし、自らの業務でサービスの有効性を実証できているからこそ、自信を持って提案できるという。単なるネットワーク環境の提案に終始せず、ITを活用したコミュニケーションの変革を実現することが彼女の使命だ。
現在、田名部さんはチームリーダーを務め、マーケット全体を俯瞰する立場でIT活用による業務改革を思案している。「ビッグデータやIoT(インターネット・オブ・シングス)など、最新のIT技術を、どうしたら経済成長のエンジンにつなげていくことができるか、そんな提案を日本政府からも求められていると感じています」
アメリカなど海外のユースケースが豊富にあるため、防衛やイノベーション開発領域について提言していくことも、シスコで働く意義であるという。一つのプロジェクトの期間は数年に及び、単価は数十億円規模にもなる。日本の支柱となる政府機関から、働き方、ひいては国の仕組みの改革者として田名部さんは前線を走り続けてきた。

女性であることの意識が
新たなキャリアの起点へ

「入社して3年くらいで結婚し、仕事を辞めるかもしれない。入社当初に漠然と感じた思いとは対照的に、目の前の仕事に夢中になり、気付けば10年。30代になってから、会社が主催するリーダーシップ開発プログラムやグ
ローバル研修、経済団体が主催するプログラムに参加し、そこで自分が女性であり、どのようなキャリアを目指すべきなのかを意識し始めました」
プログラムでは、大手企業経営を担うエグゼクティブによる講演や、ディスカッション、客観的なアドバイスが行われる。自己認知の場として田名部さんに新たな視点を与えた。
「組織のトップに立つ女性を目の当たりにし、自分の視野の狭さを痛感させられました。その時、次のステップはマネージャーとして人に影響を与えられる存在になることだと思ったんです」
田名部さんの目標はマネージャーというキャリアだけでなく、人々の働き方そのものを変えていくことにあるという。
「ポテンシャルのある人材が力を出し切れないのはもったいない。ITの力を使えば、場所や
時間を選ばず多様なワークスタイルを実現できますし、日本が抱える女性の就業課題に大きな変化の波を起こせるはずです」
チェンジメーカーとしての挑戦が、新たな未来を切り開いていくだろう。

学生時代の自分へ

悩み続けていれば
自然と答えは出る

悩み続けていれば
自然と答えは出る

シリコンバレーへの短期留学経験により、グローバル企業の自由な風土に触発された田名部さん。結果的に、自己裁量の大きな外資系企業への就職を希望することにつながった。法学部の学生といえば、国内の銀行や商社へ就職する人も多い。自分の選択に自信が持てず、漠然とした不安を抱えていた田名部さんが、過去の自分へ次のようにアドバイスする。
「真正面から悩みと向き合い、とことん悩むこと。そして周囲の声に惑わされず、自分の思いを正しいと信じて一歩前に進むべきだと思います」

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